
土日の朝はだいたい喫茶店へ。
家から徒歩20秒。
「喫茶スイート」
たたずまいは、お化け屋敷。
内装はザ・昭和レッド。
バックミュージックは演歌。
喫茶のママ「のりちゃん(60)」は「ガハハハ」と真っ赤な口紅の口で豪快に笑う。
朝6時開店だからといって、
6時に行くと、化粧前の「のりちゃん」の照れた顔が見れる。
「若い友達(僕のこと)は死ぬ心配がないから、安心だわ。ガハハハハ!」
とのりちゃん。
のりちゃんもこの20年程で
何人も友達を亡くしてきたようだ。
去年。僕が失恋の報告に行った際も、
「あたしも旦那が先週死んだわー。」と。
涙目でモーニングを二人で食べる。
「兄ちゃんは今日からあたしの彼氏だからねー!ガハハハ」と。
およそ2年間通い続けた「喫茶スイート」
来月いっぱいで、店の場所に道路を作るために立ち退きになるそうな。
「当たり前の存在が目の前から無くなるとき、人はやっとその大事さに気付く」というのは、
昔からある、手あかのついた言葉だ。
それなのに、僕も含めて多くの人は大事さに気付こうとしない。気付けない。
今日を、昨日の連続のように生き、明日もそうであると思い込む。
目の前の相手が、永遠に目の前にいるかのように
適当に言葉を浴びせたり。
時期が来たら・・・と伝えるべきことを伝えなかったり。
僕は、わりと未来の様子に頭を奪われ、今が見えなくなったりする。
「未来はこうなるはずだ。だからそのときまで保留だ。」
未来がいずれ、今になる時が来る。
今を大切にし続けるということが、未来を大切に、人生を大切にすることになるのだろう。
過去、現在、未来。
全て、「今」を通っていくから。
「一期一会」
茶道の千利休の教えだそうな。
勿論、トム・ハンクスではない。(フォレストガンプ)
自分の名前、陽一の「一」は「一期一会」の「一」だ。
もちろん嘘だ。
でも。そうでありたい。
「今」を構成する、人、もの、自分の気持ちを大切に生きる。
最近は、2,3cm背伸びをしたブログですが。
それを続けていれば、身長も伸びる と信じたい。