先日近所のドラッグストアに行ったときのことである。
おじさんが数ある商品で悩んでいた。
育毛剤関連。
頭に毛が生えたルンルンな自分が買い物をしている様子や、
風になびく毛を整えながら犬の散歩をしている自分の姿を思い浮かべつつ、
より幸せになれるであろう育毛剤選びに余念が無い様子だった。
そして、嬉しそうに1つを選び出し、
恥ずかしそうにレジにならんだおじさん。
レジのお姉さんが商品を見たとたんに、おもむろにおじさんの頭の毛の量を確認していた。
その目線をおじさんは見逃さなかったのは言うまでもない。
ちまたでは問題が多く横たわっている。
ニートの問題や、ひきこもり、ハイチの地震、etc。
当事者にとっては、大きな問題だ。
そんな中おじさんの頭の中では、ニート問題より、
きっと自分の「はげ」についての問題の方が深刻なのである。
きっと自分の「はげ」についての問題の方が深刻なのである。
だから育毛剤を買うのだ。レジのハイチへの募金箱には目もくれず。
当事者にしかわからないであろう問題について、
いかに当事者になったつもりで考えられるか。
それこそが「思いやり」なのだろう。「思い」を相手に「遣る」こと。
また、そうすることで、
自分の悩みなど、かなりちっぽけであることに気付く場合が多い。
自分にばかり思いやること。
それを「悩む」というのだろう。
「もっと周りのものに目を向けようよ。頭の周りではなく。」
僕は心でそっとつぶやいた。
僕は心でそっとつぶやいた。
0 件のコメント:
コメントを投稿